大分県詩人連盟

〇大分県高等学校総合文化祭が終わりました

11月14日(火)にiichiko総合文化センターで開幕した
大分県高等学校総合文化祭が、昨日17日(金)の13時に幕を閉じました。
14日は14時からが展示の一般公開で、初日だけでも
700人以上の一般の方が見に来てくださいました。
16日(木)からはステージ発表も開始され、各局のニュースでも紹介されました。
各文化部の、県全体の世話役となるのが専門委員長という立場の人です。
弁論部であれば弁論専門委員長、英語部であれば英語専門委員長ですが、
その専門委員長の先生方も、4日間は大活躍です。
新聞専門委員長と放送専門委員長は、生徒とホテルに泊まりこみです。
新聞部は、ステージ発表1日目と2日目の朝にあわせて、
総合文化祭「速報版」の第1号、第2号を発行するのですが、
新聞専門委員長は、担当校の顧問の先生と取材や割り付け、校正などの指導を行うのです。
放送専門委員長も、担当校の顧問の先生と一緒に、生徒が夜遅くまで
放送原稿を練り上げるのを指導しています。ステージ発表の最中に、
急なアナウンスをお願いすることもあるのですが、そういうことにも
きちんと対応してくれます。演劇や音楽の専門委員長は、舞台を作って進行を仕切ります。
科学や弁論の専門委員長も、視聴覚の担当です。先にご紹介した展示部門は、
展示やレイアウトなどを、美術、書道、写真、家庭、職業などの専門委員長が指導します。
生徒会の交流会は文芸専門部長で、囲碁・将棋の記念対局は、
囲碁・将棋の専門委員長が運営をするのです。吹奏楽の専門委員長も
多くの仕事を抱えています。ステージの吹奏楽のみならず、
開閉会式のファンファーレや、大会の3日目に小学校で行う
バトンとマーチングの演技披露も、中心になって行います。
ほかにも英語、日本音楽、吟詠剣詩舞、青少年赤十字、私学の
専門委員長の先生方が力を合わせて作っているのがこの高等学校総合文化祭です。
昨日、無事に終了しました。本当にお疲れさまでした。
(河野俊一)11.18

スポンサーサイト

PageTop

〇受贈詩誌・詩集へのお礼27

おはようございます。寒くなりましたね。今回も河野が読ませていただいた
詩誌・詩集へのささやかな感想を書かせていただきます。
◆詩集「結晶体」吉田義昭さん(砂子屋書房)
『石と雑草』は、昭和天皇の「雑草という名前の草はない」
という結論に軟着陸する詩だと思って読み始めていましたが
ただの種類だけを問うのではなく、その種類としての生き方まで問うものでした。
分け方が間違いというのではなく、分けること自体の意義を問うた詩でした。
ダイヤモンドでも黒鉛でも炭素原子から成り立っているという点では同じです。
人も人としては皆同じ。人格を目的として考え、手段ととらえるなと感じます。
◆詩集「青蚊帳」黒岩隆さん(思潮社)
お洒落な作りの詩集です。少なめの19編の作品ですが、読後の満足感は重厚でした。
『ハンカチーフ』は、核の廃絶や反戦を声高に描いた作品ではありません。
しかし、例えばハンカチを使って時間を停めたり動かしたりというイメージを借りて、
広島の原爆で建物の影になってしまった人ももし動き始めたら、というこの作品は、
平和と命に関わる作品としてきっと残っていくことでしょう。
最終連はこう締められます。「そして 銀行の壁から/ひょいと その人は立ち上がり/ゆっくりと歩きだす/少し遅い朝食をとりに」と。
「歴程賞」受賞詩集との知らせも舞い込んできました。おめでとうございます。
◆詩誌「瑠璃坏(るりのつき)」10嵯峨京子さん・田中猫夢さん編集
若い頃の青木はるみさんの詩には、水のイメージ、丸みを持つエロスのイメージが
漂うものも多かったが、今回は冒頭に雨の詩が並びました。。
「聞こえてくるのは 少女の/息づかい いいえ 聞こえてくるのは/
つらそうな雨の息づかい」(『雨は呪文』より)
一連に出てくる「今井町」は、江戸時代の町並みで有名になっている
橿原市の今井町でしょうか。しかしこの今井町は、環濠集落として
もっと古い起源を持つ町で、確かに雨の似合う町です。
◆詩集「雨はランダムに降る」福間明子さん(石風社)
カタカナを、読み手を遠くの世界に連れてゆくアイテムとして上手に使う詩人です。
遠くの世界とは、既存のリズムとそれを乱そうとするリズムとがせめぎあう世界です。
カタカナは、主人公にならず、いい出汁として存在します。
『ラッキーストライク』も主人公はその煙草で象徴される時代ではなく、
人の生き死にを思わせる余韻です。
◆詩誌「水盤」18(「水盤」編集室)
森永かず子さんの『5W1H』は、音もなく竹がスローモーションさながらに
揺れる様子が、「不安」な雰囲気を招きます。そして音のないシーンは、
思考の舞台を容易に連想させます。そこでの自己存在の確認は、
自身を「人」として、強く意識させるものでしょう。自分は獣ではない、ということを。
前述の福間さんの『港町』もよかったです。そこには世界に開けるというよりも、
人が日々、生活していくための施設としての港が、時間の底から立ち上がってきます。
(河野俊一)11.11

PageTop

〇大分県高等学校総合文化祭

このブログでも、全国高等学校総合文化祭に参加したことは、
毎年のように夏に記事にしていますが、その「大分県版」が、
大分県高等学校総合文化祭です。ただ、出来た順番は県の方が先なのです。
大分県高等学校総合文化祭をモデルにして全国高等学校総合文化祭が始められ、
さらにそれをもとにして国民文化祭が生まれたのです(本当です!)。
さて、この大分県高等学校総合文化祭ですが、
今年は私も実行事務局のメンバーとして、慌ただしい日を過ごしています。
大分県を5つの地域に分けて、毎年5地域のローテーションで行われますが、
今年は大分地区で、11月の14日(火)~17日(金)に開催されます。
14日は午後2時からの展示開始で幕を開けます。書道や美術、写真をはじめ、
家庭部の服飾作品や、科学部や職業部の研究、文芸部の文芸誌の展示なども
見ごたえがあります。高校の文化部で、この1年間に優秀な結果をあげたものを
ひとところに集めて発表するイベントなのです。今年の会場は
iichiko総合文化センターで、展示の会場はアトリウムプラザと県民ギャラリーです。
展示は17日の13時まで続けられます。そして、16日(木)と17日(金)が
ステージ発表です。第1部は11月16日の10時10分から
筝曲、農業の発表、郷土芸能(太鼓)、科学の発表、英語弁論、ファッションショー、
小説朗読、水産の発表、弁論、弦楽器・木管楽器・打楽器演奏。
第2部は同日13時20分から、演劇、弁論、バトントワリング、商業の発表、
救急救命発表、工業の発表、放送部番組発表、吹奏楽。
第3部は17日の9時40分から、演劇、短歌・俳句・詩の朗読、吟詠、
バトントワリング、声楽、金管楽器・ピアノ演奏、放送部番組発表、吹奏楽。
入場無料ですので、是非いらしてください。
(河野俊一)11.4

PageTop

〇出張旅費がやっと出ました、が、

佐賀の田
また週末に台風の接近です。我が家の台所で雨漏りを発見したので
台風襲来よりも前に修理をしてもらおうと思い、いつも修理をお願いしているところに
電話を掛けました。ところがそこも忙しいらしく、土曜日曜に必ず行くけれども
いつになるかはわからない、とのことで、台風前の買い物にも出られない状況です。
さて先日通帳の付込みをしたところ、10月13日の日付で、やっと8月1日~4日の
仙台への出張旅費が振り込まれていました。
今や我々教員は、出張から戻ってきて、証拠書類がそろっているのを
時間をかけて確認してもらわなければ出張旅費がいただけません。
とはいえ、何万円単位の額を立て替えるのも、さほど楽ではありません。
やっとお金が戻ってきたと、ほっとしたのもつかの間、
12月の沖縄出張の旅費を近日中に支払うようにと、
パッケージツアーを依頼した旅行会社から連絡が来ました。出張は12月なのに
またもや立て替えです。今回大分県内の学校は、このパッケージが指定ですから、
選択の余地はありません。御想像の通り、戻ったばかりの仙台への出張旅費が、
そのまま沖縄出張の立て替えに回っていきます。
出張に行かなければいいじゃない、と思われるかもしれませんが、仙台も沖縄も
県代表に選ばれた生徒の引率ですので、頑張った生徒を行かせない
なんていうことはできません。そしてまた沖縄の出張旅費が戻るのは
2月ごろになるのでしょうか。その頃、次の県外出張が入っていたとしたら。
屋根の修理の業者と一緒で、私のお金も戻ってくるのは、
いつになるかはわからない、ということなのでしょう。
※写真は秋の田園風景
(河野俊一)10.28

PageTop

〇時間がない

この数日間、創作もせずぶらぶらしていた。体調を崩して検査に追われたのもあるが、
なんとなく描いて終わり、のような気がして、創作をしてなかった。
そう思いながら、先日見たネットのノーベル文学賞のニュースに、
彼の作品を読んで見たい、という気持ちにさせられた。
いいなぁ、彼らは目標があって、と思う。私には何の目標もない。
身体を壊し、もう息の上がるような運動も仕事もできない。
仕事をしている人を見ると羨ましくなる。今、私に出来ることは、といえば
描く事だけである。私には、年金と企業年金がある。何とか飯は食っていける。
なんとか楽しい老後を送りたいものである。それで塞ぎ込んでいたところ、
ノーベル賞のニュースである。私も私なりに目標を持とう、と思った。
今は、それを目標にがんばってみよう。自分の膨大な詩の編集、
過去のブログの編集整理、考えて見るといくらでも仕事がある。
梱包させたままの買い直したパソコンをマスターすることなぞなぞ。
それよりも、今までの原稿の編集が大変である。散文を描きながら、詩の編集なぞ
できるであろうか、やってみないとわからない。
詩は売れない。だが詩が一番好きである。若い時から描いている。
昔は、鳥肌を立てて読んでいた。
詩は止めるわけにはいかない。詩を描きながら散文を描くことになる。
だが、もういい、出来る限りのことをやって行こう。
私のノーベル賞を目指してゆこう。
具体的には、詩の推敲、編集を進めながら、散文の校正、推敲を行う。
そして、それが落ち着いたら(落ち着くとは思えないが)新たなる執筆である。
もう歳だ。若い時のようなパワーのある文章は書けない気がする。
人の一生には限りがある。悩んでなんていらない。時間がないのだ。時間がない。
(和田みつる)10.21

PageTop